参考にしてね(笑)
- 2014/10/29
- 15:21

「テレビの前でできるような体幹のエクササイズだけでは
不十分。動きの中で体を使えるようになりません」
咲花正弥 (アメリカ代表フィジカルコーチ)
ドイツ代表がブラジルW杯で優勝できたのは、2000年にドイツサッカー協会が始めた「育成改革」、2004年に就任したクリンスマン前監督による「組織改革」、そして現監督のレーブによるピッチ内の「戦術改革」があったからだ。三者はそれぞれ古い概念を破壊し、イノベーションを起こした。
ただし、優勝に貢献した“改革”はそれだけではない。クリンスマンによってアメリカから呼び寄せられた『アスリーツパフォーマンス』による「肉体改革」の影響も大きかった。
『アスリーツパフォーマンス』は、1999年にアメリカ人のマーク・バーステーゲンが立ち上げたジムで、アメリカンフットボール、バスケットボール、野球、テニスなど、あらゆるアスリートの肉体強化を担っている。食事や生活の指導を行なうのも特徴。現在は『EXOS』という名前に改名された。
レーブ、クリンスマンの下で働く日本人トレーナー。
その最先端のジムに所属している日本人がいる。現在クリンスマン監督の下でアメリカ代表のフィジカルコーチを務める咲花正弥だ。咲花は2008年のユーロと2010年南アフリカW杯ではドイツ代表に帯同して、レーブ監督の下で働いていた。『アスリーツパフォーマンス』のトレーニングによって、ドイツ代表がどう変化したかを訊くには絶好の人物だろう。
今年7月、Number本誌の取材で、咲花にインタビューする機会を得た。本誌はアメリカ代表が主なテーマだったが、『アスリーツパフォーマンス』のコンセプトも聞くことができた。
「人間が本来持つ機能」から考える。
40歳の敏腕トレーナーは、穏やかな口調でレクチャーを始めた。
「アスリーツパフォーマンスのトレーニングの考え方としては、『人間の本来持っている機能はこうあるべきだ』というところから始まっています。解剖学的・機能学的に見て筋肉はこう働かなくちゃいけないとか、走るときにこう動くのが一番効率的だとか。そういうベースから考えて、どう競技につながるかを考えている。つまり、トレーニングはスポーツの種類によるわけではなく、さらに言えば、プロも大学生もやるべきことは同じということです」
では、具体的には何に取り組むのか?
「機能的に動くには可動域も重要だし、体の安定性も、コーディネーションも大切。さらにモビリティとか、いろんなことが欠かせません。バランスよくすべてを兼ね揃えた体でなければならない。まずは目的が個別に切り離されたトレーニングをしてから、つなぎ合わせたエクササイズをやる。そうすると走る・止まる・飛ぶといった基本動作が効率よくできるようになります」
体幹だけでは不十分、動きの中で体を使うために。
日本では体幹トレーニングが流行しているが、あくまでそれは目的を個別に切り分けた“出発点”にすぎない。そこにモビリティなどの要素を足して、より動きの中で使える体にするのが、『アスリーツパフォーマンス』の流儀だ。
「テレビの前でできるような体幹のエクササイズだけでは不十分。動きの中で体を使えるようになりません。たとえば走るときにバランスを取るにはお尻の筋肉が重要なんですが、お尻が使えないと膝やハムストリングに負担がくる。それを防ぐには、たとえば両膝にゴムバンドを巻いて動くエクササイズがある。ゴムに負けないように両膝を外に開こうとすると、自ずとお尻を使うからです」
咲花は「ムーブメント」をキーワードにあげた。
「基本的な考え方は『ムーブメント』なんですね。まずは静的なポジション(姿勢)で、1つ1つの動きを確認する。それがモビリティやスタビリティのトレーニングだったりするわけです。そして次に3つくらいの動きが含まれたエクササイズをやります」
ドイツ代表でよく見かけるエクササイズメニュー。
ドイツ代表でよく見かけるのは、前に一歩踏み出して片方の足をひざまずき、反対側の手を地面について、胸を外側に開きながらひざまずいた方の手を上にあげるというエクササイズがある。
「あれは股関節を広げるモビリティと、体幹部のスタビリティと、胸部のモビリティに取り組むための、ハイブリッドなメニューです。今やドイツ代表ではウォーミングアップのルーティンのひとつですが、初めてやる人にとってはエクササイズになります」
選手が正座をして、棒の上に上半身を乗せて両腕を拝むように滑らせるメニューも定番だ。
「広背筋と背中のストレッチですね。サッカー選手は上半身はあまり関係ないと思われるかもしれませんが、上半身と下半身はつながっている。肩の可動域を広げることで、股関節の痛みが減るということがよくある。正座をするのは、腰椎を安定させるため。腰椎が固定された状態で上半身をねじれば、胸椎から自然にねじられるわけですよ。そうすると人間が本来もたなくちゃいけない可動域っていうのが胸椎から出る。その結果、蹴る動作がスムーズになります」
ドイツが10年間貫いたコンセプト。
ただし、いくらこういう最先端のトレーニングを取り入れても、それを継続しなければ意味がない。ドイツが10年間に渡って、フィジカルトレーニングに関しても同じコンセプトを貫いたのは称賛に値する。
「ハイブリッドな動きが自然にできるようになるには、毎日、毎日やらなければいけません。1回だけではダメで、日々の練習前のアップの中で同じことを繰り返す必要がある。むしろレベルが高くなるほど、繰り返しが重要になります。だからドイツが10年間も同じやり方を続けたことに大きな意味があります」
監督が替わるごとに方針が替わる日本代表。
2006年W杯で3位になったことで、ブンデスリーガのクラブも『アスリーツパフォーマンス』のやり方を一斉に取り入れた。クラブと代表が同じ方針でつながり、よりトレーニングの効果が大きくなった。
「ドイツ代表に選手を呼んだときに埋めなければならないギャップが、どんどん減っていきました。そうすると代表では、それ以上のことに取り組める。スポーツの世界は結果に左右されがちですが、オーガナイズする人間が我慢することが本当に大切だと思います」
実は咲花は、2010年W杯までの約1年間、日本代表の強化に携わっていた。当時の岡田武史監督が目をつけ、体幹トレーニングを依頼したのだ。そのつながりで現在もJFAアカデミーで定期的に指導している。
しかし、A代表は監督が替わるごとにフィジカルトレーニングの方針が変わり、ほとんど継続性がない。もし2010年W杯後に『アスリーツパフォーマンス』のやり方を本格導入していれば……。
『アスリーツパフォーマンス』のやり方だけが正解ではないが、下部組織からA代表まで、フィジカルトレーニングに関しても統一したコンセプトがほしいところだ。

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